知多四国霊場のある知多半島では古来より、
お参りをなさる方を「弘法さん」と呼び、
納経所でお迎えする方を「弘法さん」と呼び、
お接待をされる方を「弘法さん」と呼びます。
その方々の言葉である「つぶやき」に耳を傾けてみませんか…

 

 

《それ仏法はるかにあらず、心中にして即ち近し》

知多四国を何度かめぐりますと、同じ場所に訪れているのに、違う場所に感じることがあります。
ふれ合う人に出逢う人、お世話になる交通機関にお土産物の数々…。
札所の寺院もその日その日で表情が違います。四季折々はもちろん、晴れの日、雨の日で雰囲気がガラッと変わります。
それには、お参りに来られた方の心持ちが一番大きいのですね。
弘法大師は「それ仏法はるかにあらず、心中にして即ち近し」(般若心経秘鍵)とほとけの心ははるか遠くにあるのではありません。私たちの心の中に存在していて、きわめて近くにあるのです…と説かれています。
あなたが、毎回、訪れる札所の風景にも、今までにない発見があるのかもしれません。

 

《 雨の時には… 》
 

知多四国のお参りに出掛けた時、雨や雪など天気が悪いことがあります…。
その時には本当に気分が落ち込み、とても残念な気持ちになりますが、不思議なものですね…
「あの時は大雨だったよな…」「あの時は大雪で困ったね…」
と大変だった時の方が、話が弾むことに気づくはずです。
人は楽しかった時よりも、大変だったことや辛かったことの方が心に刻まれやすいのですね。
私たちの人生にも晴れの時もありますが、雨の時もあります。
雨の時には雨の時でないと得られない心の財産をいただき、その後の人生に生かしたいものですね。
 

 

《 挨拶の尊さ 》

先日、札所の境内を箒で掃いていますと、お参りの方がおみえになったので、
「おはようございます!」
と声をかけました。すると、聞こえなかったのか、そのまま御堂でお参りを始めました。私は少し寂しい気持ちになりました…。
しばらくして、納経所におみえになった時に、改めて
「おはようございます!」
と挨拶をしますと、
「はい、おはようございます!耳が遠いので失礼がありませんでしたかね…」
と笑顔で挨拶を返していただきました。すると、先程の寂しさが今度はあたたかさに変わりました。
挨拶は仏教の言葉で、お互いに相手に対して寄り添うことを意味しています。
札所の方と挨拶を交わしながら世間話をすれば、予期せぬ「こころのおみやげ」がいただけるのかもしれません…。
 

 

《 三密行の巡礼 》

ある日のこと、納経所で巡拝に来られた方が…
「私は脳梗塞を患って、半年入院して身体が不自由になってしまいましたが、ようやくお参りができるまでに回復しました…。こうやってお参りをしていると杖をつきながらも、自分で歩けるようになり、心経を唱えたり、おしゃべりをしたりすることで口の運動にもなります…。また、お大師さまに病気回復を念じる心が通じるのか、今年もこうしてお参りさせていただけました…。大いに感謝しています…。」
これこそ、身口意(身体・言葉・心)の三密行の巡礼で、病気回復への信仰の力を得ているように思いました…。

※「三密」とは仏の身口意が人間(私達)の理解をはるかに超えているので密という。

 

 

 


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